名人や上手な人でも失敗するという意味のことわざ、弘法にも筆の誤り。
今回はそんな弘法にも筆の誤りについて書いていきたいと思う。
◎弘法にも筆の誤りとは?
弘法にも筆の誤りは、名書家だった弘法大師でも書き誤りがあったことから、名人や上手な人でも失敗することがあるということを表したことわざだ。
似たような言葉で、「河童の川流れ」や「猿も木から落ちる」などがあるが、世界的な表現である「even Homer sometimes nods」は「名人でも間違うことがある」という意味であり、弘法にも筆の誤りにもっとも近い。
◎弘法にも筆の誤りが生まれた弘法の誤り
弘法にも筆の誤りの話は今昔物語という平安時代の作者不明の書物に書かれている。
京都の平安京に、応天門という門があった。
その門の中央に、応天門と書いた額を掲げることが決まると、書の名人であった弘法大師が文字を書く者として指名された。
そして、文字を書き、掲げて打ち付けたあとに、「応」の字の心の上の点を書き忘れていたことに気がついた。
そして弘法大師は考えた結果筆を投げつけて見事に点を打ったという話だ。
このことから、「弘法にも筆の誤り」という言葉が生まれたといわれている。
◎弘法にも筆の誤りの例文
・料理上手のお母さんが砂糖と塩を間違えるなんて、弘法にも筆の誤りだね。
・そろばんが得意なのに計算ミスをしてしまった。
弘法にも筆の誤りだ。
・テストの答えを書く欄を間違えるなんて、弘法にも筆の誤りだね。
・いつも完璧な先生が生徒の名前を間違えるなんて、弘法にも筆の誤りだ。
単純な間違え、誰にでもあるよね(^_^;)
☆まとめ
名人や上手な人でも失敗することがあるということを表したことわざ、弘法にも筆の誤り(^ω^)
弘法にも筆の誤りは名書家であった弘法大師でも書き誤りがあったことから、名人や上手な人でも失敗することがあるということを表すことわざだ( ・ω・)ノ
そして、弘法大師が実際に書き誤ったのは「応天門」の「応」の字の「心」の部分の上の点を忘れたことであるが、実際は筆を投げつけて見事に点を打ちつけたという神ワザで失態をカバーしたのである(^3^)/
弘法大師は書の名人じゃなくてダーツやったほうがよかったのではないかと思うけど…
フレンドパークならパジェロ5台くらい獲得できそうだよね 笑
みんなの夢が叶いますように、杉でした(^^)v